能登半島最北の酒蔵「櫻田酒造」は 1915(大正 15)年に創業。4 代目の櫻田博克さんは、現代を生きる能登杜氏のひとりである。 加能ガニ(ズワイガニ)の水揚げが盛んな珠洲・ 蛸島漁港のそばに蔵を構えて 100 年あまり。看板銘柄「初桜」や純米吟醸酒「大慶(たいけい)」は、地元漁師の宴には欠かせない存在となっている。
「酒づくりが楽しくてしかたないんだよ、うまくできたか不安で眠れないときもあるけどさ、それも楽しい」
出迎えからにこやかだった櫻田さんは、話し始めるとますます笑顔になった。
櫻田さんが酒造りに携わりはじめたのは 22 歳のときだ。東京の大学から戻ってきたばかり の櫻田さんは、冬の間だけ雇われるベテランの杜氏から手ほどきを受けることになった。蔵 に入ったり配達をしたり忙しい日々を送りながら、見様見真似で伝統の技術を叩き込んだ。 父は杜氏ではなく経営者の立場だったこともあり、「ゆくゆくは家族が杜氏になってくれれ ばいいな」とよく言っていたという。
それから 3 年ほど過ぎた 25 歳のある日、櫻田さんを指導してきた杜氏は「もうお前がやれ、 おれ来年は来ねえから」とふいに告げた。
「ええっ突然に?と驚きましたけど、もうやるしかないんだと思って」
珠洲に根ざした仕事ができることも魅力だったと語る櫻田さん。当時は能登最年少の杜氏 デビューが話題になった。若さゆえか。はじめのうちは「きょうも何も成果を出せずに終わ ってしまった」と焦る日々が続いたという。
今では自分を追い込まず、楽しむことが仕事のモットーだ。 「結構ノーストレスで仕事してますよ、本当に楽しんでやってますから」 決してのんびりしているというわけではない。大事な作業のときは蔵にこもり、こたつで寝 起きしながら酒の様子を見守ることもある。だが少しずつ完成に近づいていく酒をどう仕 上げるか考えていると、どんな作業も楽しくて仕方ないという。
櫻田酒造の酒は、珠洲市内への出荷がほとんど。最近の日本酒ブームで珍しい酒を求めるフ ァンが、遠くからやってくることも増えた。それでも工場を広げたり遠方に出荷したりは考 えず、堅実な地元の酒であり続ける道を選んでいる。
「忙しいと酒造りが楽しくなくなっちゃう、それは幸せじゃないと思うんです」
珠洲市蛸島町 能登最北端、珠洲市の市街地の一角をなし、古代から漁師町として栄えてきた。秋には熱狂 的なキリコ祭りが営まれ、派手な装束の男たちが 1 トンもの奉燈を担ぎ、威勢よく街を駆 ける。2004 年まで能登線の終着駅があり、奥能登観光の玄関として多くの観光客の記憶に 刻まれている。